男性保育士の先駆者、まあせんせいこと菊地政隆の公式ホームページです。東京都墨田区の私立認可保育園「すみだ川のほとりに笑顔咲くほいくえん」の園長でありながら、全国各地で講演会などを精力的に行っています。心を育てる保育「心育」実践中!

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あさか保育人材養成学校
保育への想い

まあせんせいの保育に対する想いがたっぷり詰まった、心がほっこり…そして色んなまあせんせいを知ることが出来る保育のエッセイを紹介していきます。


「なぜ僕が今、幼稚園にいるのか」NEW!H29.5月更新

  
人生に転機というのは早々あるものではなく、その転機は受動的に訪れるもの能動的に訪れるものがあるが、今回その両方に当てはまらない第三者のチカラによって転機が訪れた。
それは栃木県佐野市にある呑竜幼稚園園長である小林研介先生のチカラである。
 
以前より保育士、幼稚園教諭を養成する短期大学の講師仲間でもあり保育の現場の大先輩であった研介先生。
その研介先生より「まあくん。幼稚園の園長やってみないか?」というチャンスを頂いた。
そもそも僕は昭和5年より保育事業を営む家系の3代目であり現在、都内で17カ所の認可保育園、こども園を運営する東京の老舗社会福祉法人の跡取り長男である。そのまま継げば人生安泰であった僕の人生を大きく変えてしまったキッカケに巡り合わせてくださったのが研介先生の一言だった。
昨今、子ども子育て支援新制度はじめ、子どもを取り巻く業界が変革し、保育の役割が大きく変わってきている。その変化の波を体感している中で私が保育士をしていた15年以上前と現在の保育園の役割と機能が大きく変化していると感じてならない。
 
私はこれまで保育士を10年、保育園園長を10年のおおよそ20年を保育園の中で過ごしてきた。しかし数年前から寂しさと空虚感を感じていたのである。その一つが保護者の多様な働き方を支援するための長時間保育である。私がこれまで園長をしていた保育園は数年前に開園し朝7時30分から22時30分までの15時間開所であった。この開所時間は行政からの要望でもあり株式会社の運営する保育園に合わせて開園することが条件に含まれ僕は渋々と承諾した。正直なところ22時までは利用者はいないだろうと高を括っていたのだが・・・現実は入園してきた満1歳にも満たない園児の利用の申請が届く。朝9時半から22時過ぎまで月曜日から土曜日まで過ごすことになった園児。しばらくすると園児の姿に変化がみられる。暗くなる夕方になると毎日のように保育者を求め泣きはじめるのである。その園児の姿をみていると園長として居た堪れない気持ちと申し訳ない気持ちが複雑に入り交じる。
 
入園から数ヶ月後には親子の時間を少しでも確保するため本来9時30分までの登園時間を保護者の出勤時間に合わせて11時30分に繰り下げた。保育園のメイン活動時間は10時から11時。この時間を提供できず主活動が終わってから眠そうに登園してくる園児。保育園は子どもを預かるだけの施設なのか。
 
「園児の保護者の方と共に育児を共有し楽しさを分かち合い、健やかな成長の中で将来を共に見据えていくこと。」という勝手な理想の中で保育をしてきた私の常識を大きく覆され園長として子どものための保育をする自信がなくなった。
 
様々な保護者のニーズに対応するため保育園任せになりつつある社会に、子育てを取り巻く環境はどうなっていくのか。様々な保育制度は誰のためにあるのだろうか。地域住民から反対運動が起き、行政は利用者である保護者の声に怯え、保護者の要望と声が最優先になりつつある制度と行政に振り回される現場の保育園。
 
「子どものための保育がしたい!子ども最優先の保育がしたい!!」と悩んでいたとき、私がテレビレギュラーを務める静岡の子ども番組のロケで訪問した幼稚園の園長先生が「うちは本物の子ども中心の保育をしているから保護者も一緒に幼稚園で子育てを楽しめない人は他の園に行けばいいんだよ!」と話してくれた。
私はその言葉に衝撃を受け同時に羨ましく思えた。いったい幼稚園はどんなところなんだろうか。そして幼稚園の「本物」はなんなのか知りたくなった。この出来事が幼稚園に転職するキッカケとなり僕は今・・・しらこばと幼稚園の理事長、園長をしている。
子どものための教育保育を突き詰めるチャンスを頂き、このチャンスを活かせるよう本物を学び得ていきたいと研介先生に当園の園庭にて誓ったのである。
当学園の監事である小林研介先生と3月の終わりに一枚の記念写真。
 
 
今回の移籍に伴い支えてくれた皆様に心から感謝。。ありがとうございます。
 
学校法人袋山学園 しらこばと幼稚園 理事長・園長 菊地政隆

スイカの種

夏と言えば、スイカ!園でおやつにスイカがでたときのことです。冷えた丸いスイカを、子どもたちの目の前で切り分けました。「わあ~、いいにおいがする~」「赤くて種がいっぱいだ~」などと声があがり、子どもたちの気持ちは最高潮!そこですかさず、年長児に「園庭で食べよう!」と提案しました。「いいよ~」ということで、子どもたちと園庭へ向かいました。そしてスイカが運ばれ、木陰のベンチに座って、僕と数人の子どもで種飛ばし大会が始まります。「誰か一番飛ばせるか競争ね!」とひと声かけると、子どもたちは真剣に「ペッペッ」と飛ばします。ときどき実も一緒に・・・。そして食べ終わったところで、さらにもうひと声。「あ、スイカの種ってこんな形しているんだ~」。すると子どもたちは自分の飛ばした種を観察し始めました。「園長!僕の種は先生のとちょっと違うよ!」。子どもたちは、種を拾ってまじまじと見つめています。さらに種と一緒に飛んでしまった実に、アリが集まり始めました。「アリは甘いのがすぐわかるんだね!甘えん坊なのかな?」。一人ひとりが気づいたことを次々に話し、観察を続けます。ちょっとしたきっかけから、スイカの種やアリの習性に興味をもち始めた瞬間でした。
種飛ばしというと、中には、衛生面やしつけ面での疑問を抱く人がいるかもしれません。でも、子どもたちは日常生活の場面でしつけを受け、よいこと、悪いところの判断は身についています。僕は子どものとき、田舎に帰ると縁側でスイカの種を飛ばしながら食べていました。そのスイカのおいしいさはもちろん、「おいしいよ」と言ったときの祖母の嬉しそうな顔は、今でも忘れることができません。僕が思う大切な部分は、いかに子どもの心を動かし、思い出という心に残る活動を展開できるかということです。僕は日々の保育の中で、小さなチャンスに気づき、それを活かした活動を発想し展開させることで、子どもに「気づきと発見」そして「思い出を残す」ことを実践してきました。様々な体験と経験から、子どもの心を動かすかかわりができると、子どもはいきいきとしてきます。いきいきすると、子どもは喜んで発見し、気づきを得るようになります。それが積み重なって、心の成長につながっていくのだと思います。 
(メイト「ひろば」より一部抜粋)

こどものつぶやきを大切にして

ぼくはこれまで、子どもの心を育てる保育を大切にしてきました。横一列に並んだ子どもたちに「心を育てよう!さあ、みんなも一緒に!!」と声をかけても子どもの心は育ちません。
子どもの心が育つとは、心が動くということ。それは、保育の中での様々な経験と感動体験において生まれるものだと思うのです。
初夏のある日のこと、年長児たちと公園へ行き、大縄跳びをおこないました。まずは、ぼくが跳んでみせます。でも、わざと5回で縄に引っかかるようにします。ぼくがたくさん跳んだならば、子どもたちの期待感は薄れてしまいます。ぼくの保育の経験から、子どもたちががんばれば超えられるギリギリの回数は5回。
「まあせんせいが5回だから、ぼくはそれを超えたい!」とみんな一生懸命に跳びます。一番跳んだ子は49回。たくさん跳べた子は大人のぼくを超えたことに喜び、5回を跳べなかった子は「まあせんせい!次は先生よりいっぱい跳ぶからね!!」と言います。誰もが充実感いっぱいの笑顔でした。
たくさんあそんで、のどが渇いた子どもたち。スタッフはカバンから冷たいペットボトルのお茶を取り出します。
ぼくの園には、まだ大量に氷を作る製氷機がなく、お茶をいっぱい冷やしておけないので、自動販売機で子どもたちと冷たいお茶を数本買いました。一番前の子に、自動販売機から取り出したペットボトルを「一番後ろの先生までまわして」とお願いすると、「冷たい!冷たい!」といいながら、子どもたちは次々に後ろへ手渡ししていきました。
子どもたちの期待の中、自分たちの手を一度渡っていった冷たいペットボトルから、一人ひとりのコップにお茶がつがれ、どの子も一気に飲み干していきます。みんな「おいし~い」と喜び、おかわりをする子もいます。そのとき、隣に座った男の子が「まあせんせい、ぼく、この園に通っていてよかったよ」とつぶやきました。「どうして?」と尋ねると、その子は満面の笑みで「お茶が冷たくて、幸せだ~」と言いました。この「幸せだ」という子どもの心からの一言のために、ぼくは保育をしているんだなあと思います。
人は、感動したとき、もっとも心が動かされます。このような体験を積み重ねられるようにするのが、ぼくの目指している保育なんです。言葉で伝えることのむずかしい、心を育てる保育=「心育」です。子どものつぶやきには、保育の結果が含まれています。いつもの保育の中に、感動体験のスパイスをちょこっと入れてみては?子どものつぶやきが、輝く言葉に思えるのではないでしょうか。
(メイト「ひろば」より一部抜粋)

メモ魔になろう

12月、師走は忙しいですね。
ぼくは、この時季になると思い出すことがあります。5年も前のことでしょうか。2歳児の担当をしていたとき、みんなでクリスマスツリーの飾りつけをしていました。もみの木に、目を輝かせて飾りをつけていく子どもたち。たくさんの装飾をほどこし、完成です!
みんな大喜びで、クリスマスソングをうたっていました。そしてクラスへ戻り、自由あそびの時間になりました。そのとき、一人の男の子がこそこそと、まわりの気配を伺っています。そしてあたりの目を盗み、サッサとクラスを飛び出しました。保育者はみんな彼が出ていったのはわかっていたのですが、見てみぬふり。そして、そーっと彼の様子をのぞいてみると…先ほど飾りつけたクリスマスツリーの前に立ち、キョロキョロとまわりを見渡し、静かに装飾の中にあるリボンのついた小さなプレゼントをもみの木から外し、手に取りました。そして、勢いよく開け始めたのです!もちろん、飾りのプレゼントなので、ただの箱ですし、中は空っぽ。箱の中を見て、その子は肩を落として、うなだれました。それをみたぼくは部屋を出て、その子のところへ向かいます。その子はびっくりして箱を後ろへ隠しました。しかられると思ったのでしょう。ぼくはその子を抱きしめ、「ごめんね~。サンタさんは12月24日の夜に来るから、まだ空っぽなんだよ~」と話しました。
クリスマスの朝のこと、すべての小さな箱には、ラムネをたくさん入れておきました。箱を開けた子どもたちが「サンタさんがきた~」と大喜びしたことは、今でも忘れられません。
大人が想像もしない、子どもの行動や子どもながらの視点は、驚きと感動を与えてくれますね。今回、みなさんに本当にお話したかったことは、この感動を保護者などの第三者に伝えなければもったいないということなのです。
保育者は表現するのがじょうずでないと、とよく聞きます。おたよりなどの発行物に、自分たちの思いや子どもの表情をいかにリアルに表現できるか…その工夫として、僕の園では担任に『エピソードノート』を持たせています。何か子どものおもしろかったことや、記憶に残ったことをメモしておくのです。そうすると、おたよりなどで保護者にお知らせしたい話をためておくことができます。相手にわかりやすい感動メッセージを伝えるには、日常のエピソードをいかにリアルに伝えられるかにかかっています。ぼくも講演では、この伝え方を工夫してみなさんに伝えています。この伝え方が不十分だと、やはり満足度が低くなります。ぜひ、小さな日常の出来事を記録に残す工夫を意識してみましょう。
(メイト「ひろば」より一部抜粋) 

ぼくにできること

現在、保育園園長として勤務をしていますが、週末のほとんどの休みは講演会で消えてしまいます。講演会といっても様々で、保育園・幼稚園の保育者向けの実技講習会、親子コンサート、一般市民向けの男女共同参画の講演、子育て中の保護者に向けての育児講演、大学・短大・中学・高校での特別講演など多岐にわたります。別にお金儲けをしようというわけではなく、自分自身が保育の世界に貢献できることは何か、と考えた結果の行動なんです。
ある日、1通のメールが届きました。ある保育園の先生からでした。「まあせんせい。どうもありがとう。先生のおかげで、私は今までこの仕事を頑張ってこられました。数年前に、先生の講演を聞いて元気をもらったから。でも、もうこの保育という仕事をやめようと思います。疲れちゃいました。子どもが嫌いになったのではありません。その気持ちは嘘じゃありません。長々とすみません。ただ読んでいただいただけでも感謝いたします。先生、ありがとうございました。たくさんの先生を救ってあげてください。いつまでも応援しています」。
現在、保育士の定着率は、加速度的に低くなっています。ある資料によると、養成校で資格を取得してから10年後には9割が退職し、1割しか現場に残っていないというデータもあります。ほかの職種と比較すると、こんなにも離職率が高い職業であるのに、この現実が大きく注目されることはありません。退職する理由の上位は処遇等の問題もありますが、保育業界独特の人間関係の問題も言われています。他の仕事と同様に、上司・先輩・同僚とのかかわりの上、さらに子どもや保護者・地域の方々ともかかわる仕事です。そして保育は、子ども=人を育てる大切な仕事なのです。
制度や処遇を短期に変えることはむずかしいことです。でもぼくは講演することで、保育の技術はもちろんですが、子どもとかかわっている全ての人に勇気と継続する力を提供したいと思っています。制度は変わらずとも、保育者の思いや、モチベーションがあがることで、その目の前にいる子どもたちが幸せになれると思うのです。
ぼくは、たくさんの方に保育を教えてもらい、そして出会ったたくさんの子どもたちから、いっぱいあそびを授かりました。数年前、「講師をしたければ現場を離れろ」とまわりの人たちに言われました。そのとき、やっぱり現場あってこその保育者ですから、現場で保育に専念しようかと思いました。しかし、このメールの方のように、講演に参加された方々の感想の言葉を聞くと、現場にいる僕だからこそ、その講演が何かの助けになることもあるんじゃないかと思うのです。
一人でも多くの先生が、長く保育者を続け、子どもの笑顔を増やしてほしい。子どもも保護者も笑顔のこぼれる、そんなあたたかな時間が広がっていってくれるといいな、って。
(メイト「ひろば」より一部抜粋)

水族館でうろこがポロリ

ぼくは自称、水族館マニアといっていいほど、たくさんの水族館に行っています。この数年間で全国の水族館30か所は行ったんですよ~。ちなみに地元にある水族館の年間パスポートも持っています!それほどの水族館マニアなのですが、実は魚の名前はあまり知りません。間違わないでくださいね。ぼくは「水族館マニア」であって、「魚マニア」ではないこと!魚の生態や、名前には興味がなく、水族館に興味があるんです!なので、子どもたちに大人気の「ニモ」は「ニモ」という魚の名前だと思っていたんです。ぼくでたとえるなら、「まあせんせい」は愛称で名前は「菊地政隆」ですが、本名も「まあせんせい」だと思っていたという感じです。ん~、わかりづらい説明でごめんなさいね。さて、話は元に戻って、それくらい水族館に激アツな理由を、ベスト3で表すと、第2位!(3位は該当なし!だったらベスト2でも・・・)さて、気を取り直し、第2位は「夏の水族館は、間違いなく動物園よりも涼しい!」です!そんな理由?といわれそうですが、想像してみて。夏の水族館って涼しいですよね~。炎天下の中、歩き回る動物園と比べてみたら・・・。さて、次は第1位の発表!ジャカジャカジャカジャカジャン!「水族館にいると、雰囲気に癒される!」です。も~、ジンベエザメの大きな水槽の前でボーとしているときなんかは最高の至福です。あとラッコやペンギンの前で「ラッコちゃ~ん」「ペンギンちゃ~ん」なんて叫んでみたりするときも!さらに癒される理由として、水族館ごとに工夫があるんですよ!例えばクラゲを展示するのにも、そのまま展示するところもあれば、暗い部屋の中にバックライトで、幻想的な見せ方を工夫しているところもあります。同じ魚なのに、展示方法を工夫することで、まったく癒され方が違うんです。そこで、目からうろこ、ひざをポンの発見!
この見せ方を、保育に取り入れてしまおうというもの。すると、同じ手あそびをしても、ちょっとした見せ方やアレンジの工夫で、楽しさが変わりますね。自分自身の見せ方も同じです。魅力ある保育者に見えるかどうかは、本人次第です。ぼくの園では、自分らしさを見せるために、常識の範囲内ですが、髪型・化粧・服装などは自由です。自分が子どもの前で一番輝ける、そんな保育者でいてほしいと自由にしています。子どもから「せんせいってかわいい!」や「せんせいってかっこいい!」なんて声が聞こえて、いつでもあこがれの存在であってほしいと思っています。そこで、ぼくからの提案。みなさんも明日から、ポケットに一枚おしゃれなハンカチを入れてみましょう。汗をふくとき、「せんせいのハンカチかわいい~」なんて声が聞こえてくるかもしれませんよ。是非、生活の中でいろいろなことに目を向けて、工夫してみてくださいね~。
(メイト「ひろば」より一部抜粋)

悔しさをバネにする。それができるか否かで人生は変わってくる

~ケガが転機となり、保育士の道へ~
僕は、子どもが好きでこの世界に入ったわけではないんです。どちらかというと、好きじゃない。それこそ、うちの保育園の子たちは大好きだけど、外で子どもと会ったときに、自分から触れ合おうと思うほどではないんです。
僕は子どもが好きなのではなく、「保育」という仕事が好きなんですよ。
大学2年生まで、「将来は教員になってテニス部の顧問になろう」と考えていました。
小学校から大学までずっとテニスをやっていましてね。高校ではテニス部の部長もやったし、大学のテニス部でも毎日夜遅くまで練習を続け、まさにテニス中心の生活でした。
それが一変したのが、大学2年生の夏。練習中に右手中指を骨折して、けんを切ってしまったんです。骨折は治ったものの、切れたけんは完治しなかった。ラケットを握っても力が出ない。僕のテニス人生は突然、終わってしまったんです。大きな挫折でした。
ずっとテニス三昧の日々でしたからね。夏休みに入って、実家に戻ってみたところで何もすることがない。昼間はぷらぷらして、夜中になると車で首都高を飛ばし憂さをはらして過ごしていたんです。そんな僕を見かねたのか、母が保育園の手伝いをしてくれないかと言い出しました。
実は、僕の家は保育園なんです。父親が園長で母親が保育士。住居は建物の3階部分にあって、1、2階で保育園を営んでいた。小学校のころは保育園の中を通って帰っていたし、土曜日には園の子どもたちと一緒にご飯を食べられるような環境でした。でも、中学校になると、女性ばかりの保育士さんの中に入るのが恥ずかしくて、保育園から遠ざかっていたんです。
それが母からの誘いがあって、保育園を手伝うようになり、保育士に対するイメージが変わりました。保育士は一見子どもたちと遊んでいるだけのように思えても、実は綿密な保育プログラムにのっとって子どもたちの成長を促していた。遊びを通じて子どもたちがいろいろなことを学べるよう、日々工夫を重ねていたんです。保育園は単なる「託児施設」ではなく、心を育てる「保育の場」なんだとわかって、俄然、興味が沸いてきました。
~新卒で入った保育園を、1年で辞めてしまうことに~
保育の仕事に関心を持った僕は、大学の専攻を替え、保育士の資格を取得します。卒業後は、男性保育士として活躍することを夢見ていました。
しかし、実際は男性保育士の就職口がない。あちこち回ったのですが、「前例がない」「受け入れ態勢が整っていない」ということで断られてしまうんです。結局、実家に紹介してもらい、ある保育園に就職しました。そして、さまざまな経験から、育児に関する専門性をもっと身につけた方がいいと感じた僕は、就職と同時に、夜間の大学院にも通うことにしたんです。
朝6時に起床、朝7時から午後4時まで園の仕事、その後は立ち食いそばを食べて大学院へ。深夜に帰宅して持ち帰った仕事を片づける。そんな生活が1年続きました。しかしその後保育園を辞めてしまうんです。
女性だらけの職場で、働きづらかったこともありますが、僕が大学時代から考えて実現しようとしていたことを、ことごとく受け入れてもらえなかったことが大きかった。保守的な世界で、一人で闘うことの大変さを痛感しました。
園の子どもたちには、申し訳ない思いでいっぱいでした。現場に出たことで男性保育士の必要性も強く感じるようになっていた僕は、1年で園を辞めてしまった自分の弱さを責めながら、その悔しさをバネに「男性保育士の必要性」を世の中に訴えていくことを決意したんです。

その後、大学院を経て、再び保育園に就職する。27歳のとき、男性保育士を支援する会社を設立。注目を集めた。

~保育園に男性がいないほうが不自然~
子どもは、5歳までの間にだいたいの性格が形成されます。もともとの性格もあるけれど、育つ環境というのは非常に重要なんですね。その大切な時期に、朝から晩まで一緒に過ごす保育士の存在は大きい。保育園は「第2のおうち」なんです。ですから、家にお父さん、お母さんがいるように、保育園にも男性がいるのが自然でしょう。いないという固定概念を変えたいんです。

今は共働きの家庭が増えてきて、男性も子育てに参加しなくてはならなくなった。でも、実際はどうやって子どもと接すればいいのかわからない男性も多い。男性が育児休業を取得するのに、いい顔をしない上司も多いと聞きます。それは、子ども時代に男の人が子育てをする様を見ていないからなんです。男性保育士が子どもをあやしている姿を小さいころから当たり前のように見ていれば、ちゅうちょなく子育てに参加できる大人になる。ひいては男女共同参画社会も実現できます。保育士は日本の未来を変える仕事なんですよ。

~何でもポジティブに考えるクセをつける~
法改正もあって、保育園は単なる託児所ではなく、保育のプロとして、小さい子どもを持つ親の相談役として地域社会に貢献する役割を担うようになりました。僕が各地で講演をしたり、地元の子ども向けの無料コンサートを開いたりするのもその一環なんです。でも、保育業界はもともと保守的ですから、僕のようにいろんな取り組みをして、そのことをメディアを使って世間に広めようとすると、風当たりが強いのも事実です。よく「これまでで、いちばん大変だったことは、どんなことでしょうか」と聞かれますが、いつも壁ばかりだったから、ひとつはとても選べないんですよ(笑)。

でも、挫折や壁というのは、いくらでもチャンスに変えられると思うんです。嫌な思いをしたときに、いかにその悔しさをバネにするか。それができるかどうかで、人生は大きく変わってきます。僕はあえて、自分に試練を与えることで成長することができました。挫折も乗り切ったら、いい思い出になるんです。

何をやってもうまくいかないと思う人は、何でもポジティブに考えるクセをつけるといいですよ。最初は難しいかもしれないけど、試しに一度やってみてください。意外と好転するものですよ。僕も、けがをしてテニスをあきらめなければならなかったときに、親から「どんなに辛いことでも、ポジティブにとらえていかなければダメだ」と言われてやってみたんです。そしたら、いろんなことを学ぶことができた。天職にも巡り合うことができたんです。

~まずは、外に出て体験してみること~
僕は「子どもたちのためになる社会を作りたい」という夢を持っているのですが、その夢のためのルートはたくさんあります。どの道を行ってもいいと思うんですが、いざ、チャンスが訪れたときのために、準備だけは常にしておかねばならないと思っています。大学院の博士課程にも通い始めたのもそのためです。準備の時間なんてなかなか取れないと思うかもしれませんが、時間は意外と作れるもの。僕の場合は、園長を務める保育園以外にも、講演会の講師、短期大学の准教授、保育園のプロデュースなど、いくつもの仕事を兼業していますが、時間を区切って集中して仕事をすることでやりくりしています。コツは、「睡眠時間は削らないこと。やるべきことを朝、書き出すこと。そして限られた時間の中で、自分を追い込んでいくこと」です。集中すると、かえっていい考えが浮かぶものですよ。
やりたいことや夢がどうしても見つからない人は、まず、外に出て何かを体験することをお勧めします。体験をすれば、気付きが生まれます。少しでも興味を持てたり感動したりしたことがあったら、関連する場所に行ってみる。それを繰り返すと、やりたいことが見えてきます。実は僕も、本当は家にいるのが好きな性格なんです。でもいろんなことを体験するために、思い切って、外に出るようにしているんですよ。

どうしても気分が乗らないときは、自分にささやかな楽しみを与えてあげるといい。僕は通勤途中に、近所のお店で大好物のミルクセーキを飲むんですが、そうするとテンションが上がるんです。後はお風呂に入るときにちょっと高いシャンプーを使ってみるとかね。些細なことでいいから、日常で気持ちをリセットさせる「ちょっとした楽しみ」をたくさん作っておくと、ポジティブに生きられますよ。

『リクナビNEXT「こだわりの仕事術」より抜粋』

お金を貰うとは【あさか人材保育学校エッセイ⑧】

 
 
新任研修の時期ですね。僕の法人の研修で2時間ほど喋りました。
 
 
 
僕は冒頭で・・・
 
 
 
 
「今日からの新人研修は法人から給与を出します。
 
東京都の最低賃金に研修時間分を3月31日にお支払いします。
 
なのでこの研修も仕事の一環ですよ。
 
社会人はお金をもらって働くもの。
 
学生の講義のように自らお金を払い判断するとは違うのです。
 
 
 
つまりお金を貰う以上義務も生まれます。
 
 
もし研修中に居眠りをしたもんならば・・・
 
あなたに働く資格はありません。
 
 
 
例えば!
 
 
あなたが工事現場で交通整理のバイトをしたとしましょう。
 
車を交互に円滑に誘導するという重要な仕事です。
 
 
 
もし!
 
 
 
そこで居眠りしたらどうなります?
 
危ないですよね。
 
そして沢山の人が迷惑するのです。
 
 
 
しかも・・・
 
 
そこで2回居眠りしたら?
 
 
 
そう!
 
クビですよ。
 
働くことすらできないのです。
 
 
 
なので、
 
この研修で寝るということもクビを覚悟で寝なければいけません。
 
お金を貰って働くとは極端に言うとこうゆうことです!!
 
心して研修を受けなさい。」
 
 
 
 
と厳しいことを言いました。
 
 
 
やめない事を祈ります。。
 

保育の楽しさとは【あさか人材保育学校エッセイ⑦】

 
 
 
先日、新潟県の佐渡に行ってきました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
日本のなかでも大きな面積を持つ島です。
 
 
 
東京23区ぐらいの面積があり
 
普通の生活において島と感じることは少ない
 
と伺いました。
 
 
 
ただ島を感じるのは送料が高いということ。
 
 
 
郵便局以外の宅配業社は島内に営業所がある1社を除けば
 
送料が軒並み追加されるということ。
 
通販で物を買うときは送料確認が欠かせないとのことでした。
 
 
 
そんな島内にはコンビニが7件ありすべてサークルKです。
 
コンビニは全国同じ価格で販売される象徴的な場であり、
 
島だからといって割増料金はないのです。
 
 
 
都内にいるとコンビニの隣にスーパーがあるならば同じ商品の価格差を目にすると・・・
 
コンビニは高いという印象を感じる時もあります。
 
 
 
ですが島においては都内と変わらぬ価格に安定感と安さすら感じました。
 
保育においても様々な環境下の中で行われているわけで、
 
自分の住んでいる地域で行われている保育が常識と思っていても、
 
他の地域では常識でないと感じることもあります。
 
 
 
だから保育は面白いわけで全国一律ならば考える楽しさもないと思うのです。
 
 
 

時間を見つけて会話してみよう【あさか人材保育学校エッセイ⑥】

 
 
前回、人に伝えたい!
 
 
 
という気持ちが自分にとって心が動かされた瞬間
 
という話をしたけれど、
 
この人に伝えたい!
 
を日常的に受け取ることが大人には求められる。
 
 

日常での保育は意識をしないと子どもの発見は見過ごしがち。
 
正規職員1人担任ならば、
 
そのチャンスに恵まれることもあるかという声も聞こえてきそう。
 
 
 
でも大丈夫!!
 
 
 
 
どんな立場であれ「意識的に子どもの声を聞いてみよう!」。
 
とにかく子どもと対話をすることで色々な発見が見つかるはず!!
 
たわいのない話を毎日するだけ
 
 
 
でも、子どもにとって
 
「この大人は聞いてくれる人。」
 
という認識がつき、
 
習慣化されることで、
 
子どもが伝えたい!と思ったとき、
 
きっと先生のところに話を聞いて!と来るはず。
 
 
 
時間をみつけては会話してみよう!
 

伝えたくなるとは・・・【あさか人材保育学校エッセイ⑤】

 
 
2月に入り、そろそろ気になるのが花粉の季節。
 
 
 
ニュースを見ていたら、お天気コーナーのお姉さんが陽気に話す。
 
「2月に入ってからの最高気温を毎日足していき100を超えると
 
本格的に花粉が飛散するのでご注意下さい!」
 
とのこと。
 
 
 
ん~久しぶりに人に伝えたくなる話。
 
 

この「他の人にも伝えたい!」という気持ちが
 
自分にとって心が動かされた瞬間でもある。
 
自分が気づいたことを人にも伝える。
 
子どもの時から積み重ねてきた習慣のようなもの。
 
 
 
まあ、ぼくは花粉が飛散する情報に心が動いたわけで・・
 
 

なぜかというと・・・
 
目が大きいので
 
人の倍、花粉をキャッチしそうな気になってしまうから。
 
 

ホント花粉はツライ・・
 
悪いことしていないのに・・
 
涙目。
 
 
 
なぜ?
 
ということで皆様ご注意あれ。。。

目的意識を持って過ごすと保育が変わる(後編)【あさか人材保育学校エッセイ④】

 
 
前回、保育の目的意識についてふれました。
 
人は目的をもって過ごすのと惰性に任せて過ごすのでは大きく異なると思います。
 
目的をもって仕事をしている人はテキパキしていると思うのです。
 
 
 
そのときにこの子を5分で寝かしつける!
 
決めてトントンするのと意識しないで
 
ノンビリやりたい人もいるかと思います。
 
 

時間を気にしないのは保育者としてダメです。
 
なぜならば同じ結果をいかに有効的に行うのか。
 
限られた時間の中で最大限に愛せばいいのです。
 
 

保育者はお金をもらって働いているわけで無償の愛の育児とは違います。
 
保育の仕事は有償の愛なのです。
 
 

ビジネスという事実に目を伏せている保育の世界が
 
職人としての保育者職の地位がなかなか上がらない要因の
 
ひとつではないでしょうか。

目的意識を持って過ごすと保育が変わる(前編)【あさか人材保育学校エッセイ③】

 

今日も新幹線に乗り移動中。ネットニュースを見ていると、
 
あなたのルーティンはありますか?
 
 
 
なんてでています。
 
 
 
チィ!また流行り言葉か・・・
 
と言いながら、
 
ルーティン・・・
 
新幹線のルーティン。
 
 
 
スッカリ流される僕は敏感な男。
 
なにかな。
 
あ!
 
あった!!
 
ぼく指定席を予約するときに車両の1番後ろを予約するんだった。
 
1車両に5席しかないので争奪戦に勝つと予約することができるプレミアムシートなのです!
 
 
 
なぜ1番後ろなのか。
 
それは心おきなく思い切り倒すことができるから。
 
同じ価格なら疲れたくないのでノンビリ過ごしたいわけです。
 
 
 
後に人が座っていると・・・
 
ちょこっと倒す程度で怯えてしまいます。
 
後頭部が人間にとって1番無防備であり、
 
無神経におもいきりリクライニングしようものなら・・・
 
後ろの空手家が
 
「お前倒しすぎやねん!!」
 
と後頭部に勢いよくチョップでもしたもんなら人生終わってしまうわけで・・・
 
 
 
そんな恐怖と向き合い新幹線に乗るのは嫌なのです。
 
 
 
後ろの人に気遣いしないで乗るシートが同じコストと同じ時間を過ごすならば
 
毎日を心地よく過ごしていきたいものです。
 
 
 
そのためには目的意識を持って日々を過ごしていくと保育が変わります。
 
 
 
詳しくは次回・・・
 
 

保育の凄さをみませんか?【あさか人材保育学校エッセイ②】

 
 
 
先日(平成28年1月4日)、
 
テレビ東京の「TOKYOガルリ」という番組に出演させていただいた。
 
 
 
東京都がスポンサーである珍しいショートトーク番組。
 
それぞれの業界で輝いている人にスポットをあてて
 
遠藤久美子さんが話を聴くという番組。
 
 
 
むかし「情熱大陸」に出演させてもらってから10年
 
数々の番組に出してもらいましたがトーク番組は久しぶり。
 
 

僕は緊張することなくドンドンお喋りしちゃいます。
 
 

その中でも話しましたが「保育は職人芸である」。
 
保育士は国家資格を持つプロ(職人)が行う仕事である。
 
そして「保育士は未来を創る専門職」という
 
仕事の魅力をお伝えしました。
 
 

以前、保育は託児の延長という雰囲気がありました。
 
間違いなく保育は進歩しています。
 
 
 
今の大人が子どもの頃よりも格段に保育というものが進歩しているのです。
 
生活の豊さの進歩と同じように。
 
 
 
少し保育の凄さをみてみませんか?
 
 
 
と番組でも語りかけたのです。

保育への関心を持ってもらえるように・・・【あさか人材保育学校エッセイ①】

 
 
毎週、保育のエッセイを書かない?と話を持ちかけてくれた人がいた。
  
チャンスに恵まれた嬉しさと共に負担感でいっぱいになった。
 
正直、文章を書くことが苦手の人生。
 
 
Face Bookの文章ですら何度も見直すし、こう見えて結構細かい性格。
 
 
 
 でも何冊かの本を出版させてもらう機会に恵まれた。
 
やはり人に伝えることは楽しい。
 
 
 
この定期的なエッセイを通じて
 
自分の考えをたくさんの人に知ってもらい
 
1人でも保育への関心を持ってもらえるようにと願う。
 
 
 
どうぞおつきあいください。
  

~facebookから‥ ㊳2016年3月1日~

 
 
 
僕にはやることがまだまだたくさんある。
 
 
 
子ども達を笑顔にすることができる!
 
先生をまだまだ頑張ろう!という気持ちにできる!!
 
お母さんの心を優しくすることができる。
 
きっとまだまだやらなくてはいけないことがあるはずだ。
 
 
 
そんな風に思える出来事があった。
 
 
 
 
今日も保育園で仕事をしていると1通の郵便が届いた。
 
送り主は先日の福島県伊達市でコンサートをしたこども園さんから。
 
 
 
早速開けてみると手作りの冊子が。
 
中を開くとコンサートの様子とクラスの子どども達と一緒に撮影した記念写真がいっぱい。
 
最後には地元紙の福島民友新聞の記事も。
 
 
 
 
 
 
 
改めて振り返る。。
 
 
 
 
今回で30回目を超す復興支援という名のコンサート。
 
3月11日の震災後1ヶ月後から30回以上、福島、宮城、岩手、青森を回り・・・
 
子ども達の前で歌わせていただいた。
 
もう数年すると保育園には震災を知らない子どもたちだけになる。
 
そこが一つの切れ目かなとも自分の中で思っていたが。。。
 
 
 
 
今回の感謝の手紙を頂き・・・
 
 
 
まだまだ被災地で頑張っている先生方のためにも継続していきたいと思った。
 
 
 
 
 
 
以下。園長先生よりお手紙を抜粋。
 
 
 
まあせんせいの歌にノリノリの子どもたち!
 
生き生きした笑顔がはじけていました。
 
 翌日のこと「ねえ園長先生、まあせんせい明日来る?」けんちゃん。
 
 みんな「また来てね!」
 
 まあせんせい、遠いところありがとうございました。
 
 

~facebookから‥ ㊲2015年4月28日~


毎日が全力であった4月・・・
 
ある一通のハガキが届きました。
 
 
そのハガキをみて、涙が溢れてきました。
 
 
 
 
 
 
震災で大きな被害を受けた保育園の園長先生からです。
 
内容は3月で定年を迎えられた御礼。
 
園長先生の笑顔が見れなくなること。
 
そして震災後、園のため、園児のため、職員のため。。。
 
全力であった園長先生。
 
 
ハガキに書かれた
 
「楽しい時をありがとうございました。」
 
この言葉に涙が止まりません。
 
震災後から、被災地支援を始め現在まで17回。
 
そのうち、この岩手県大船渡市の保育園には5回にわたり訪問し、
 
チャリティーコンサートしてきました。
 
 
訪問1回目はプレハブの園舎で思い出深いです。。
 
2回目の訪問から僕が園に着くと「おかえりなさい」と迎えてくれました。
 
新園舎になって園庭で歌ったり、保育園中で僕のCDを流してくれたり、
 
いつも僕を穏やかに迎えてくれていた園長先生。
 
 
「楽しい時をありがとうございます」・・・
 
 
このハガキの一言をみて・・・少しでも僕も東北の復興のチカラになれたのかな。
 
と振り返ったのです。
 
楽しい時を・・・これからも被災地のために届け続けます。
 
園長先生。おつかれさまでした。そして・・・ありがとうございました。
 
2015年4月28日facebookより一部抜粋

~facebookから‥ ㊱2015年4月1日~

 
 
4月になってしまいましたが・・・昨晩の更新ができていなかったので。。。
 
3月31日。
 
 
 
 
すみだ中和こころ保育園の園長として最後の1日を迎えました。
 
 3年間、いろいろなことがありました。幸せな思い出でいっぱいです。
 
 
 僕と同じように当保育園を巣立っていく職員もいます。
 
 そんな職員からLINEがきました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
人生の貴重な3年間をありがとう。
 
 僕も君と働けたことを誇りに思うよ。
 
 明日から公務員だね。
 
ここで学んだ保育を地元の公立保育園でも伝えてください。
 
 保育の暖簾分け。
 
2015年4月1日facebookより一部抜粋

~facebookから‥ ㉟2015年3月12日~

 
数日前の出来事です。
 
 
僕が情熱大陸に出演したのがちょうど10年前。27歳の時。
 
 
 
 
あ、養成校の講義などで映像使いたい先生、お貸しいたしますよ。
 
当時、保育士として情熱大陸に取り上げられました。出演してから人生が大きく変わったのは事実。
 
保育士の専門性と男性保育者の必要性について一石投じようと必死でした。
 
 
 
無我夢中から、もう10年も経つのか〜と。
 
 
 
 
思い出になりつつありますが、同時に思い出すことが。。。
 
当時の映像を観た方は覚えているかと思いますが、僕は系列園で2歳児を担当していました。
 
クラスには・・・とにかく頑固に泣いていた龍一君と、またまた頑固だった、きんのすけくんの存在がありました。
 
彼らに僕は育てられました。そして保育の楽しさを教えてもらいました。
 
 
 
 
 
 
そんな思い出深い系列園の現園長から電話が。。
 
先生早くきてください。
 
急ぎ、懐かしき系列園に。
 
 
 
なんと!龍一君が保育園に遊びに来てくれたのです。
 
7年ぶりの再会。。。面影あるある。笑
 
当時のキャプチャー載せときます。笑
 
 
 
 
 
 
僕もイケイケでしたが。。。
 
 
龍一くんは、もう中学1年生なんだね。泣き虫がこんなに大きく。
 
思い出話を楽しんだところで・・・
 
 
 
 
 
 
「せんせい、腕相撲しようよ!」
 
と龍一が言います。
 
 
 
保育園の時には一度も負けることのなかった腕相撲。
 
ものすごく太くなった腕と組み合います。
 
 
 
 
レディーGO!!
 
 
 
 
僕はあっけなく負けました。
 
大きくなった龍一の姿をみて、自分が少しでも彼の成長に関わったことを誇りに思いました。

~facebookから‥ ㉞2015年1月8日~

 
今日も朝から保育園。昼から法人の園長会。
 
夕方からは目白大学での講義。夜はミーティングと・・・
 
 
いよいよ始まりましたリア充。
 

そんなリア充オトコは明日の朝便で北九州に入ります。
 
 
 
そんな、ちょい忙の園長。
 
ちょいと年長さんたちに話しかけてみました。
「保育園を卒園するには試験があります。」
 
 
一瞬、園児の動きが止まります。
 
すかさず僕は・・・
 
「園長が試験をします。無事に小学生になれるのか面談します。」
 
 
 
なーんだ。園長か。
 
みたいな顔をしてました。笑
 
 
 
 
そんな一人前の年長児は今「すごろく」に燃えています。
 
年長児たちのサイコロによる熱き戦い。
 
 
 
 
 
 
 
普通のすごろくとルールがちょっと違うことが。。
 
 

数字ピッタリでゴールしなければならないのです!
 
 
 
 
 
一番最初にゴール付近まで来た男の子!
 
 
 
さあ、あと2マスでゴール!
 
 
 
サイコロを振って出た目は5!!
 
 
 
 
 
あー!
 
 
 
 
マイナス1マス
 
 
その後、再度チャレンジ!
 
残り2マス。
 
 
出た目は6!!笑
 
 
 
 
 
マイナス4マス!!
 
 
 
ようやくゴール付近にきた他の男の子が残り4マスで、
 
 
サイコロは4!
 
 
 
ぴったりでゴール!!
 
 
ゴール付近で頑張っていた子は、
 
悔しがりながら「もうやらね!」とスネます。
 
 
 
が・・・10分後、再びサイコロを笑顔で振っている姿がみえました。
保育園は子どもの育ち合いの場です。
 
一喜一憂、ドラマの連続。

保育士は子ども達のドラマを仕立てる演出家のような仕事です。